[PR] 住まい

他の旅行記は下記から

■「VOL1 中国(麗江)編」
■「VOL2 バリ編」

■「VOL3 NY編」

■「VOL4 ポルトガル編」

■「VOL5 中国(アモイ〜コロンス〜海南島編」
■「VOL6 番外編 人生の新たな旅立ち」

4月にどこかにでかけようということで、最初はクロアチアがいいと思ったのですが、気温をみて、なるべく暖かいところ、なるべく都会のイメージでない所ということで、ポルトガルに決めました。ホテルはリスボンのムンディアルホテルを予約し、飛行機はエアーフランスでパリで乗り換えて、リスボンに行きました。
ホテルはとても交通の便の良い、広場が見下ろせ、サンジョルジョ城も夜にはライトアップされたのが見え、次回も同じホテルがいいかなと思いました。ホテルに着いてすぐ出かけます。
まずジェロニモス修道院へ、その日は偶然にもイースターでたくさんの信者の方々がいらしてました。一緒に行った元りんごの木薬局にいて、京都に帰った荒さんはクリスチャンでキリスト教については知らないことがないようで、色んな事を説明してもらいました。宗教のエネルギーはものすごいと修道院の大きさや、装飾に思わされました。世界遺産になっていつとのことでした。
そこから歩いていけるところにベレンの塔があります。その建物の上からテージョ川と大西洋が見渡せます。見渡していると、大昔、そんなに大きくない船で大海原に漕ぎ出し、アジアまで出かけた人たちの想いはどんなだったろうと考えると想像は果てしなく、まさに挑戦だなあと感じました。

次の日はロシオ駅から電車に乗って世界遺産の街シントラとロカ岬に出かけました。シントラの高台にあるムーアの城壁は長い階段を上っていくと、一気に眺望が開けシントラの町が見下ろせます。その光景は宮崎駿の世界のようでした。駅に戻りバスでロカ岬に向かいます。バスからたわわに木になるレモンの実をはじめてみました。
360°大西洋が見渡せる岬では証明書を出してくれます。「ここに地はて、海はじまる」夕暮れにはリスボンに戻ります。

また次の日、長距離バス(長距離バスのターミナルは2カ所あります)にのりオビドスに向かいます。ポルトガルでいろんな所に出かけましたが、地図を見ていたり、バス停で迷っていたりすると、必ず誰かが声をかけてきます。「どこに行きますか」とか「どうしましたか」と本当に親切です。ポルトガル語なんかわからなくても、英語さえ少しわかれば、世界中大丈夫だなぁと感じました。とにかくちょっと田舎なポルトガルは素朴で、まじめで親切です。
オビドスの町は周りを塀で囲んだ町です。
中国の大理を思いだしました。
町の中ポサーダの中にレストランがあり予約を入れておきました。
昼食でしたが、フルコースにしてもらいました。
食器から、家具まで昔から使っているものらしく、とてもいい雰囲気です。
窓からの眺めも、畑があり、農家がありで穏やかな空気が流れています。白い壁、オレンジがかった屋根、咲き誇る花々。
きれいな街でした。
城壁の外にでて帰りのバスの停留所を探しましたが、バス停らしきものが見あたりません。近くのお土産屋さんの様なところで、聞きましたがそのおばあさんはポルトガル語しか話すことができないらしいのに一生懸命説明してくれます。ポルトガルではバスと言わないらしいのです。
そんなころに日本人の青年が大きなリュックを背負って質問してきました。「3時間前からバスを待っているのに来ないんです。バス停はどこなんでしょう?」と。休みをとって旅行に来たそうです。
この辺だと思うから待ってっましょうと言って話していると、バスがやってきました。リスボンに戻れました。その青年に今夜の泊まるところはあるのかと聞いたら、なんとか安いところを探して泊まるとのこと
Good Luck!と手を振り別れました。

次の日はリスボンの町をチンチン電車に乗ったり、地下鉄に乗ったりして観光しました。
電車は細い道をどんどん走ります。仙台に昔あった電車を思いだしました。坂の町でもあるので、坂を上る電車もあります。
電車を降りたところに何件かの素敵な薬局があり、つい入ってみました。
「私たちは日本で薬剤師をしています。薬局の写真を撮らせてください。」と言って撮らせてもらっていたら、「近くに薬局博物館があるので、ぜひ見に行くといい。」と言われ早速行ってみました。古代、毒薬から始まり薬ができ、薬局が作られ、時代時代によって薬局が推移していく様子は楽しい思い出になりました。
夜はファドを聴きに出かけました。
8時過ぎまで明るいのですが、さすがに10時過ぎると時差ボケもあって眠くなり、ファドは楽しめませんでした。

また次の日は、長距離バスに追ってエヴォラに出かけました。
窓からの景色は、アフリカ圏に入っているようでした。
日差しが強く、赤茶けた大地、植物も独特です。
ジラルド広場はお茶をする旅行者で賑わっていました。

サン フランシスコ教会に向かいます。
大理石で18世紀に造られた教会で、隣には人骨堂があります。
5,000人分の人骨で作られています。なんだか文化の違いを大いに感じさせられました。アズレージョの壁は見事でした。
アズレン点眼液のアズレンはアズレージョからきたに違いないと思いました。

10月5日通りにはお土産屋さんが並んでいます。
欲しいものがたくさんあったのですが、お土産屋さんはカードが利かず途中でユーロがなくなり、銀行は3時で終わったので、ATMを探し現金にしようとしたら、うまくいかず、仲間の現金を借りて買い物をしてきました。帰りのバスを待っているとき、これかな?という暗証番号で試してみると現金化でき、それからは暗証番号を使えるようになりました。
それまで日本では、まだまだサインが通用していたので、油断していましたが、その当時にはヨーロッパはサインなど信用できないという様子でした。たしかに今になれば当然だと思います。

ポルトガルで列車に乗ったり、地下鉄に乗ったりすると、座席に座る約束事があるようです。

アングロサクソンとアフリカ系の方々は絶対一緒の席に座らないし声を掛けることもないのです。
私たちは、いったいどっちの席に座ればいいんだろうと悩みました。
4人で出かけたので、2人づつ両方に座ったりしました。
親切に声をかけてくれる方々はアングロサクソンの人たちでした。
私たちにとってどうでもいいことが、大切なことだったり、私たちにとって大事なことが、どうでもよかったりと旅行は面白いなぁと感じました。
また時間をとって、出かけようと思います。
ポルトガルは、どなたにもとてもお勧めの国です。